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「快感回路」を読んだ

最近インプットが減っていて良くないと思ったので、色々な所で紹介されていた「快感回路」という本を読みました。

快感回路---なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか (河出文庫)

快感回路---なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか (河出文庫)

当初想定していたよりも大分科学的な内容で驚きましたが、内容自体は面白く、かなり楽しめました。明日すぐに仕事に使えるとかそういうタイプの本ではありませんが、こういう知識を取り入れておく事で、例えばサービスを成長させるための施策の質が上がったりするといいなあと思います。

以下、各章の感想と紹介です。

第1章 快感回路の発見

ラットの快感回路を用いた実験で、ラットが自分の脳を刺激するために1時間に7000回のペースでレバーを押し続けたというのはゾッとする。同様の実験を人に対して行った際の描写は更に衝撃的。

患者は、最も多いときには一日中、自分の健康も家族のことも気に掛けずに自分を刺激し続けた。(中略) ときには、装置を遠ざけてくれと家族に懇願し、取り上げられてしばらくすると必ず、返してくれと要求した。

個人的には、快感という現象がVTA(腹側被蓋野)のドーパミンニューロンの活性化によって科学的に説明できるというのが割と驚きで、人の心は科学的に解明できていないというのは固定観念が覆された。

また、私たちが生き続けるためには食べたり飲んだりセックスしたりといった経験を快いものとして感じる必要があり、快感回路がその仕組みの構築に寄与しているという話も面白い。(極めて原初的な線虫でも基礎的な快感回路を持っており、その回路を破壊すると食事をとらなくなるらしい)

第2章 やめられない薬

古代ローマにおけるアヘン、19世紀アイルランドにおけるエーテルなど、どんな時代においても人類は自らの脳の機能を変容させる手段を見つけ出し、統治者はその利用を規制してきたが、人間だけでなく、野生動物も精神的活性効果を持つ植物や菌類を習慣的に喜んで口にするというのは興味深い。 最も分かりやすい例は栄養にならないベニテングタケを食べて酔う家畜化されたトナカイらしい。こういう雑学を隙あらば繰り出していけるような人間になりたい。

また、向精神薬の中でも快感回路を活性化するものとしないものがあり、それによって依存症リスクの大きさが異なるという話は納得できた。摂取方法(脳のニューロンに到達するまでの早さ)・入手難易度・社会的な位置付けなどが依存症リスクを左右するという説明も面白く、タバコの方がコカインより依存症発生率が高いという事実への回答になっている。

また、一般的に依存症は心の弱さが原因と受け取られる事が多いように思うが、依存症リスク要因の40~60%が遺伝的なものと推定されているらしい。ただ依存症の発症は患者の責任ではないが、依存症からの回復は患者の責任と述べられており、これは良い言葉だと思う。

本筋とは少し外れるが、遺伝的なリスク調査は一卵性双生児と二卵性双生児の比較で行うというのは初めて知った。

第3章 もっと食べたい

快感回路は薬物や電極によって刺激することができるが、ものを食べるといった自然に快感を伴う行動によっても活性化する。コカインなどの脳内にドーパミンを溢れさせる薬物をラットに与えると、そのラットはあまり食べなくなり体重を減らすとの事。覚せい剤が「痩せる薬」と呼ばれる事があるのも嘘では無いようだ。

肥満には遺伝的な要素が多分にあり、肥満しやすいラットは食事時に得られるドーパミンの上昇が他のラットよりも小さく、そのために一定のドーパミンレベルを達成するためにより多くの量を食べようとするのではないかと考えられている。

この遺伝性の肥満モデルは人間にも適用でき、体重の軽重は80%遺伝的に決まるとされている。これは身長などの身体的特性の遺伝性と同様であり、心臓病や統合失調症などの遺伝性よりはるかに高い。

身長が遺伝的に決まるというのは感覚的に分かるが、体重が遺伝的に決まるというのがあまりしっくり来ない人も多いのでは無いだろうか。 依存症の箇所でも言われていたが、一般的に心の弱さが原因であると言われる事でも実は遺伝的要因が大きいというケースがあるようだ。逆にこれを知っておく事で、気持ち的にラクになる人は多いだろうという気がした。

また、我々は脂肪と糖が豊富なものを食べた時の方がドーパミンが多く放出されるようになっている。脂肪と糖は同時に取ると極端に依存性が高くなり、普通の餌で満腹になっているラットも甘い餌を与えれば更に食べるとの事。これは「デザートは別腹」という事象を説明している。ここはたぶん雑学ポイントですね。

第4章 性的な脳

一番面白い章だったが、ブログに書くような内容でも無い気がするのでざっくりと。

人間は性的に特殊な生物である。哺乳類の90%は乱婚であるが人間は単婚の傾向を持ち、オスも子育てに協力する。 人間の同性愛的行動・マスターベーションなどは他の動物に無い奇妙な点と考えられる傾向にあるが、これはボノボなどの多くの哺乳類でも確認されている。

人間の性を独特なものにしているのは、むしろ最も因習的で社会的に是認されている交尾行動のほうなのである。

繁殖行動は身体的活動だがその心理的側面、すなわち恋愛について考えるとどうだろうか。恋愛に見られる精神的・生理的側面の表現は強烈な快感・恋人に対する判断の歪みなどで、文化によらず似通っている。

強烈な快感はドーパミン作動性の快感回路の活動に対応しており、これはコカインやヘロインへの反応に似ている。恋人に対する判断の歪みは前頭前皮質の活動低下に対応しており、これは強迫性障害と似ている。

恋愛と性的興奮は脳の活動という観点で見ると、両者とも快感回路の活性化を伴うという類似点を持つ。しかし、前者は判断中枢の低下を伴うが後者は伴わないという点で決定的に異なる。

セックスにはオーガズムの快感の他に終わった後に持続する暖かい余韻があるが、これは脳下垂体から分泌するオキシトニンというホルモンが影響している。 オキシトニンは社会的絆全般にも関係しており、オキシトニンの鼻スプレーをした被験者はプラセボのスプレーをした被験者よりも初めて会った相手を信頼しやすいことが分かっている。これらの結果から、オキシトニンは境界性パーソナリティ障害などの社会的認知に障害のある人の治療方法としても有望視されている。

「人を信頼しやすくなる」といった抽象的な事象が、ホルモンによってある程度説明できてしまうことにまず驚いた。ホルモンバランスが崩れると感情が制御できなくなる、というのは聞いた事があったが、やはり感覚的には受け入れられていなかったようだ。

第5章 ギャンブル依存症

一番身近な話だったので、そういう意味では一番楽しく読めた章。

ギャンブルへの嗜好は初期成功体験で身につくという説が一般的だが、ギャンブル好きな人の多くは初期成功体験など持っておらず、これはおそらく不完全である。 最近サルやラットの実験から提案されている別のモデルは、脳はもともとある種の不確実性に快感を見出すようにできているというものだ。

青い光を表示し、2秒後にシロップが五分五分の確率で出るような実験をサルに対して行った際には、青い光が点灯してから消えるまでの所謂待ち時間の間にドーパミンニューロンの発火レベルが徐々に高まっていく様子が確認された。

ギャンブルにまつわる非合理的な考え方の一つとして、「ニアミス」「直接介入効果」に関するものがある。

ニアミスは一つの負けではなく惜しかった勝負として認識され、ギャンブルを続けさせる要因になる。そしてランダムな事象であっても、賭ける人自身が個人的な関わりを持つ方が賭ける金額が多く、そして長くギャンブルを続けるようになるという事が研究によって知られている。 自分で何かを操作した時のニアミスは、満足度は比較的低いがゲームを続けされる力は強いという点は興味深い。

ビデオゲームには自然的な報酬性など一切ないが、プレイした際には快感回路がある程度活性化するビデオゲームは極めて効果的な報酬スケジュールを持っている可能性が高い。ちょうどタバコと同じで、快感自体は短いが、立ち上がりが早く何度も繰り返されるという形だ。

ギャンブルへの嗜好は初期成功体験によって身につく、という説は僕も支持していたし、おそらくかなりの人が支持していたのではないだろうか。

第6章 悪徳ばかりが快感ではない

慈善・社会的評価・隣人との比較・情報そのものなど、抽象的観念でさえも快感に変えられるという点が説明されていた。 面白いのは人間だけでなくサルでも抽象概念から快感を得られるという話。

第7章 快感の未来

カーツワイルは脳ナノボットの導入が2020年代、脳の内容や能力のアップロードが2030年代という時間的予想をしている。

この予想は、私たちの生物学・神経生物学についての理解がテクノロジーに導かれて指数関数的に深まるという仮説に基づいて成り立っているのだが、これに筆者は疑問を呈している。

筆者曰く、確かに人類は何人かのヒトゲノムの塩基配列を解析したし、その作業スピードやコストは指数関数的に改善してきているが、これらは有用であるものの遺伝子についての理解を指数関数的に深めるものではなく、ヒトゲノムの塩基配列が解析された時にそれを見て人間が個性的になる理由や受精卵が赤ん坊になる過程を急に理解できたような人はいなかったとのこと。

丁度少し前にニュースで似たような内容(2030年代に脳が無機物に移植可能になる)を聞いた時に「マジか」と思ったのだが、人の理解自体がテクノロジーに導かれて指数関数的に深まるという前提だと聞いて納得した。

例えば20年前と比べてプロセッサーやメモリの性能は指数関数的に向上したが、それによって例えば配管の亀裂進展への理解が指数関数的に進んだかと言われればそんな事は無いと思う。仮にヒトゲノムの解析が進んだとして、それが即ちすぐに脳の内容や能力のアップロードに繋がるのかというとそんな事も無さそうな気がしてしまう。

遠い未来の快感を思い描こうとするとき、いちばん想像しにくいのは未来のテクノロジーではなく、テクノロジーを取り巻く社会的、法的、経済的システムだ。

上で引用した言葉はまさにその通りだなあと思う。未来を舞台とした作品を読む時は、そこで描かれるテクノロジーではなく社会的システムにワクワクする。未来では無いが最近だと「BEASTARS」とか面白いなあと思う。

長くなりましたが、面白い本なのでオススメです。今は仕事の時間を自由に決められるので、インプットの時間を定期的に取ろうと思います。 なお、この本は下記ブログで紹介されていたので手に取りました。いつもありがとうございます。

migi.hatenablog.com